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源平の昔をたずねて3

お昼も食べたところで、
一の谷合戦をすこ~し体感しようかな♪と
須磨浦ロープウェイで鉢伏山へ。

ロープウェイを降りたところの展望台からまず1枚。
20091213-1.jpg
少し雲っていますが、海と山が本当に近いんだなと
いうことはお分かりいただけると思います。
また、写真ではうまく写せなかったのですが、
山の斜面は怖ろしく急な絶壁です。

ここから旗振山~鉄拐山へ登っていくと、
途中に少し視界の開けた展望スペースがあり、
20091213-2.jpg
先程と逆の方向を眺めてみると、
すぐ先には明石海峡大橋と淡路島が見えました。

さて、ここからが本番!
源義経が平家の陣へ向かって下っていったという
一の谷坂落しのルートを、
義経軍の一員になったつもりで下ってみました。

陣を構える平氏は、
前は海・背後は絶壁の山肌、海岸沿いは狭く、
源氏軍の進路は限られると思っていたことでしょうが、
鹿ぐらいしか通らないと言われていた険しい山道を
義経軍は騎馬で下って奇襲をしかけます。

「やぁやぁ我こそは~」と名乗りをあげて
正々堂々戦う様子が伝えられる当時にあって、
奇襲自体が斬新だったかもしれないですが、
この急な坂を騎馬で下ったんかいっっ!!
と思うと、その並外れた乗馬テクに脱帽です。
馬の脚力と勇気も素晴しいことこの上ありません!

当時活躍した馬の体格は
現在我々がよく目にするサラブレッドとは異なります。

ま、ワタクシは特に急ぐ理由もありませんので
細くて急な尾根道で義経の残り香を楽しみながら
のんびりと歩いてきました。

20091213-3.jpg 20091213-4.jpg 
坂落しルートの先には安徳帝内裏跡と伝えられる場所が。
今は公園として整備され、祠が祀られています。
子供達の楽しそうな遊び声が響くと、
幼帝の在りし日の姿がしみじみと偲ばれます。

【一の谷公園余談】
20091213-5.jpg
幕末の世に公武合体の象徴として徳川家に輿入れした
和宮様も静かに佇んでおられました。

Written by まつい@欽山
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