こうべ歴史探訪(10) 平家物語に想いを馳せて須磨寺へ
歴史を知ると旅はもっと楽しくなる♪♪♪
古くから「須磨寺」の通称で親しまれてきた
上野山福祥寺(じょうやさんふくしょうじ)。
源平合戦では源氏の大将・源義経の
陣地であったと伝えられ、
「源平ゆかりの古刹」として知られています。
時は1184年。
一の谷合戦の舞台となったこの地で
若き平家の武将・敦盛が
熊谷直実に討たれて最期を迎えますが、
境内には二人の一騎打ちの場面を再現した
「源平の庭」が。
–波打際にて押し並び
むずと組んでどうと落ち
取つて押さへて
首を馘かんとて内甲を押し
仰けて見たりければ
年の齢十六七ばかりなる–
–武芸の家に生れずば
何しに只今かかる憂き目をば見るべき–
平家物語の中でも
最も美しく、最も悲しい物語として
語り継がれてきた敦盛の最期…
後に物語の世界を飛び出して
能や舞、歌舞伎でも演じられるようになりますが、
かの織田信長が好んだと云われる
“人間五十年 化天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり”
というのも幸若舞「敦盛」の一節です。
境内には弁慶の鐘や義経腰掛けの松、敦盛首塚のほか
敦盛遺愛の「青葉の笛」なども宝物として納められており、
敦盛が、そして義経や弁慶が生きた源平合戦の時代を
ただの物語ではなく実在した過去の事実として
感じることができます。
11月には境内の紅葉も見頃に♪
平家物語に想いを馳せながら是非、秋の須磨寺へ!
【須磨寺公式Webサイト】
Written by Web担まつい@欽山